The Blue Envelope #60
同人イズム(後編)
#ITBS_text
同人即売会とは、すなわち八百万の神を集め、信仰する神事のようなものである。そして、その依代として、CDという媒体に代わるものがまだ登場していない、というのが前半の論旨であった。
出展者としてM3に参加するということは、自ずと金銭の伴う商売をすることになる。まずはざっくり規模感の共有をしておく。重要になってくるのは「何部をいくらで売るか」の設定である。
例えば自分の場合、見開き仕様のデジバックCDを好んでおり、大体300部で10万円くらいである。1部当たり300円ちょっとであり、1000円で売ったとしても原価率は4割以下である。自分はミックスもマスタリングもセルフなので音楽面ではお金がかからず、経費の大半は交通費とデザイン依頼料が占める。バランスを取るために売り上げを度外視した趣味性の高いグッズを作っていることもあり、まあだいたい20万かけて25万売り上げるくらいの商売規模である。娯楽としてはよいが、1人工/日をかけることも考えると、商売としてはボロ儲けといった類では到底ない。これはアマチュアではない自分の特殊ケースである。
ボリュームゾーンとして、一般的には数十部の売り上げを目指す。小ロットでのCDプレスは割高で、単価はだいたい500円を超えてくる上、100部以下で注文できない業者も多い。プレスだけでも最低5万円の持ち出しがあり、50枚売らなければ赤字である。フォロワー数百人規模の活動者が50枚CDを売るのは骨が折れる作業である。前編で書いた通り、CDというのは一般人が購入する合理的な理由はもうほとんどないからだ。大袈裟にいうと、購入者は、売り手か、この同人シーンに対してのなんらかの信仰心を持つものに限られるのだ。
赤字を回避するには、コストを抑えるか単価を上げるかしかない。前者はプレスを諦め手焼きのCD-Rにするか、CD媒体を諦めてダウンロードコードの配布にするなどの方法がある。原価がほぼ0に近づくため、数百円での販売が現実的になる。後者はもっと単純で、販売価格を上げるだけである。1000円だと50枚売らないとペイしないが、2000円で売れば25枚でよい。
ここに悲しい構造がある。駆け出しの新参者であればあるほど、経済合理性から離れていくのだ。1億曲聴けるサブスクサービスが月1000円程度のこの時代に、初心者が作った楽曲に500円を払うことすらも、いわゆるコスパの観点で言うとありえないことなのだ。資本主義の素晴らしいところは、価格競争と、それに伴うクオリティ面での淘汰である。資本主義のルールに身を捧げるのであれば、アマチュアの曲を500円で買う行為は、名だたる名曲が大量に聴けるサブスクサービスの0.1%の価値も得られない無駄ムーブと評価される。転げ落ちるようにコスパ至上主義が蔓延るこの世の中において、M3の、プレイヤーも客も増加傾向にある現状は異常と言って良い。
M3に参加するということは、素人の作ったものをプロの作った大量生産品よりも過剰に高く購入することであり、そしてそれを肯定することの表明に他ならない。商品の売買という極めて資本的な行為を中心に置きながら、資本主義の重力に反する方向に大衆が走っている、なんて現象が現代にどれくらいあるだろうか。売り上げ至上主義のビジネスマンが泣いて逃げ出すような構造がM3にはある。クオリティはさておいて、おれはおまえの作ったそれにお金を払いたい。これは個人性に対して資本を投下することに他ならない。物理メディアという依代を伴った神事として、これほどスケールするものは稀である
効率化されきった資本主義社会においては、クオリティ-価格の均衡線に沿った領域の値付け以外は淘汰対象である。一方で、個人性にベットする人間が存在する世界においては、あなたの作品がクソであっても、いくらの価格を設定しても構わないのだ。あなたの依代のそれは、あなたから買う以外の方法がないのだから。これを美しいものといわずにどうしようか。
同人即売会とは、すなわち八百万の神を集め、信仰する神事のようなものである。それは神への寄進なので、経済合理性を超えることができるのだ。
明後日5/4、文学フリマ東京で、物書きとしてはズブの素人である自分が本を売ることになる。C4Pの伝道者として、C4Pマインドに従うと、堂々とする必要がある。クオリティはともかく、おれの文章である。買うか買わないかはさておき、暇な人はしゃべりに来てください。
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