The Blue Envelope #41
C4P_demo
任意のタイミングで
作曲に広く使われるポピュラーな楽器の例として、ピアノとギターが挙げられる。こいつらのなにが嬉しいかというと、和音を鳴らせて、メロディも弾けて、音の長さをコントロールできて、口が空いているので合わせて歌うこともできるという部分になる。単音しか鳴らせないもの、音の長さを制御できないもの、口が塞がるものは汎用性が下がるため、利便性がやや下がる。実際問題、作曲家と呼ばれる人で、ギターも鍵盤の類も一切使わない人はかなり限られるだろう。自分も得手不得手はさておき、どちらも使っている。
話がやや飛ぶが、音楽制作を抽象化すると、「時間軸の任意のタイミングに、任意の音を配置する」ことになる。ここでいう「任意の音」とは、少なくとも音程・長さ・音量・音色・テクスチャをこちらの意図で動かせる、という意味である。もっと汎用的な話をすると、時間芸術とは、「時間軸の任意のタイミングに、任意の出来事を配置する」営みであるといってよいだろう。この定義に則ると、「時間軸の任意のタイミングに、任意の音を配置しやすい道具」が、作曲における優れたツールであることになる。
ピアノやギターは、演奏技術を磨きさえすれば、任意のタイミングに、任意の音程/音価の発声をさせることができる。一方で、音色は弦の振動ベースの、その楽器で可能な範囲でしか操作ができない。任意の音というには、いささか狭すぎるのだ。もっともポピュラーな作曲ツールであるはずのこれらが、全くもって「時間軸の任意のタイミングに、任意の音を配置しやすい道具」になっていない。
「時間軸の任意のタイミングに、任意の音を配置しやすい道具」の究極の理想形をいうと、脳とスピーカーを直結して、脳内で思い浮かべた音を脳内で思い浮かべたタイミングで鳴らせることができればベストであろう。そんなデバイスはないし、脳内で理想のサウンドを完璧にイメージできるほどできた人間もいないだろう。現状でもっともマシなツールを考えると、ハードウェアで言うとサンプラーになるし、ソフトウェアでいうと一般的なDAWになる。どちらも、「時間軸の任意のタイミングに、任意の音を配置する」ことを意図したインターフェースになっているからだ。要するに、抽象化された”音楽制作”の行為そのものに真剣に向き合うならば、サンプラー/DAWが最も素直な実装になっている。
しかしながら、ギターやピアノの普及具合に対して、サンプラーもDAWも世に行き渡っているとは言い難い。これがなにを意味しているかというと、「時間軸の任意のタイミングに、任意の音を配置する」ほどの自由度を人々は求めていないということになる。もっと正確にいうと、人間が扱うには自由度が高すぎるということだ。
なので、ちょうどよくなるまで選択肢を削減することになる。平均律を用います、と決めた瞬間に無限の分解能をもった音程は1オクターブたった12音に離散化され、BPMを決めた瞬間に、自由に伸縮可能だったはずの時間は均等なタイムグリッドを基準に考えることになる。その程度の規模縮小ではまだ足りず、一般的にはさらに削ることになる。「ピアノ曲を書きます」と決めた瞬間に音色がピアノで出せる範囲に限られるし、「メンバー4人のバンドで演奏します」と決めた瞬間に楽器編成が確定する。合唱しますとなれば同時発生音数や最大音量も人間が出せる範囲に制限される。
正直、いくら削っても削りすぎることはないくらいである。ファミリーコンピュータの音源チップは矩形波2和音、三角波1音、ノイズの4音(DPCMは無視します、すんません)しか鳴らせないが、そこまで制限されても、なお一生を賭ける価値があるほどの選択肢が残っている。さらにその制限下で作られたものは、人の心を動かすことができる力がある。
「ディグ・ダグ」の章で述べた通り、「パーソナリティ」が「選択パターンの総体」であるとするならば、選択肢は多ければ多いほど良さそうである。が、広すぎるマインクラフトのマップでは誰も出会うことがないように、広すぎると途方もないので、ワールドを適切な範囲まで狭める必要がある。そして、その狭めかたこそが個々人のパーソナリティとなる。
自分はよく曲作りをサイコロを振ることに例える。それ自体も重要であるが、振る以前の、無限個あるサイコロの中から、振るサイコロを数個選んでくる段階がなによりも大切なのである。
自分が、無限個のサイコロからほんの数個を選んでチョロチョロ振っているという事実に無自覚であることは本当によくない。究極的には「時間軸の任意のタイミングに、任意の音を配置する」ことがやりたいのだが、それは銀河のような広大さで、キャパ超えしてるので、絞っている。
捨てたサイコロを知れば知るほど、振る際にアツくなれるわけだ。あのサイコロを捨て、このサイコロを投げている。無限個のサイコロから選んでいるのでそれは誰とも被らない。曲を作り始めた時点でパーソナリティが発現する、というのはこういう理屈になっている。


佐々木敦氏の本「4分33秒を/から考える」にも同じような事柄が書かれており、それを昨日読破した自分には、タイムリーにめちゃ刺さります。
知らない音の探求めちゃ楽しそうですね、ワクワクします✌️