The Blue Envelope #55
おわりに
#C4P_demo
長かったC4P作文もこれにて終わりです。編集作業を経て、本にして、C4Pマインドよろしく自費出版でございます。文学フリマ東京42 (5/4)、文学フリマ大阪14 (9/13)は申し込み済み、通販もあります。1500円。同じような内容がネットで読めるのに金取るのもどうかと思いますが、そういうやり方に賛同できる人はぜひ買ってください。
おわりに
自分は音楽が好きである。が、それ以上に、音楽制作が好きである。音楽を作っているときに感じる気分が、他の何にも代え難いのだ。この感覚は、驚くほど身も蓋もないもので、それ以上でも以下でもない。
この、替えのきかないこのおもしろさの正体を掴みたいと考え、その尻尾を追いかけているうちに、C4Pという概念を提唱するに至ったわけだ。
このテキストは、コンセプトを練っていた頃も含めると、制作にちょうど1年間ほどかかったことになる。1年間、自分の頭で精一杯考えて、考えが可能な限り正確に伝わるように言葉を選び続けた。自分のコアになりそうなエピソードと、重要になりそうな考えのベースをまとめたので、将来なにかに思い悩んだ時に、自分自身にとっての指針になりそうなものになったと感じている。
ところがである。気づいたころには、書く内容自体よりも、書くことそのものがおもしろくなってしまっていたのだ。もちろん、よい内容にはしたい。この態度表明が人にポジティブな影響を与えられるならば嬉しい。しかし正直に言えば、そんなことよりも、なんでもいいから書きたいという気持ちの方がずっと強くなっていた。そして、10万文字程度書いた結果、作文能力がやや向上してしまい、より気軽に、書くこと自体に取り組めるようになってしまった。
今となっては、文章を書いているときに感じる気分が、他の何にも代え難いのだ。この感覚は、驚くほど身も蓋もないもので、それ以上でも以下でもない。スタート地点に戻ってしまった。
全体を通して、「言語化できない”よさ”」の話は何度も出てくるが、このテキスト自体を読むことで感じられる謎の感覚こそが、言葉では表すことのできない私自身のパーソナリティである。読んで、なにか掴めそうで掴めないものを感じたならば、それが私のそれである。
結局のところ、自分はこういう人間だったのだ。分かった気になりたいから、また何かを作る。作るたびに何かがわかった気になる。本当のところはたいしてわかっていない。でも振り返ると、結構わかってきている。
そして、あなたに対してもそう思いたいのだ。あなたの作ったものをみて、まるであなたのことがわかったような気分になる。その気のせいみたいな気分を、自分は愛している。

