The Blue Envelope #33
アンチセオリー
#C4P_demo
アンチセオリー
神保町美学校で実施している「サウンドシェア」が次回で10回目を迎える。正直ここまで続くことまで予想しておらず、自分を美学校と結びつけた岸野雄一氏の慧眼には恐れ入る。
やっておいてこんなことを言うのもなんだが、成功要因を自分でも完全に整理できていない。というのも、経験上、催し事をする際には、参加者のレベル、趣味嗜好や属性、参加目的の3つは揃っていれば揃っているほどよく、普段はそうなるように工夫しているわけである。そしておそろしいことに、このイベントはその全てを満たしていない。
プログラミングをはじめてみたいと思った人が、高度人材の技術セミナーに行っても話がわからないだろうし、逆に専門的な知識を獲得したいのならカスのYoutube解説を見ている場合ではない。ライブシーンとクラブシーンの垣根をぶっこわす!とかいった類の音楽イベントのだいたいは大した成果を挙げることがないし、ナンパしたいやつと音楽を聴きたいやつは別のクラブに行く。とにかく、基本的には、あらゆる面での棲み分けの類はむしろ推奨すべきで、基本的に会というものは、同じようなやつを、同じような目的で集合させるべきなのである。そうでない場合は、大体が微妙な感じになることがほとんどである。身に覚えがある人も多いであろう。
サウンドシェアには、ほぼ毎回「人生で初めて曲を作ってみました」みたいな人が来る。逆に、プロのミュージシャンやエンジニアが来る場合もある。年齢も自分よりだいぶ年上の人から高校生まで来るし、属性もまちまちである。そして、参加者の曲は流すだけで、楽曲に対しての指導やアドバイスをしないことを明言しているので、会に参加したらなにが得られるのかがいまいち提示されていない。なので、みんなが何を期待してこの会に来ているのかも正直よくわかっていないのだ。バラバラのレベルの、バラバラの人間が、目的が不明瞭な状態で来場する。主催者が言うことではないが、こんなもんうまくいかなくても仕方がないような設計である。心苦しいので、毎回罪滅ぼしに自費でピザを注文している。
しかし、うまくいっている。毎回定員は埋まり、頼んでもいないのに21時過ぎまで飲んで、みんなで勝手に喋っている。自分なしで勝手にみんなで盛り上がり出した状態のことを、「自走」と呼んでいるが、毎回例外なく会は夕方ごろに自走を開始して、まあいわば自分不要の状態に辿り着く。何回やっても、このいい意味で自分が用無しになっていく過程が美しく、これ以上の楽しみはないのではと思うことすらある。これを味わえるのならば別にお金がもらえなくても構わないと本気で思っている。
前提として、長尾さんをはじめとする美学校サイドの人々が高次のレベルで自分のこの(はじめた当時はそんな言葉もなかったが)C4Pイズムを理解して、応援してくれているのが成功要因として大きい。一般的な営利団体ではあり得ないようなコンセプトの会を好きでやらせてるのだからその胆力たるやすさまじい。
それ以外の成功要因をひねり出すとすると、まず美学校のリーチできる層の共通部分に該当する客層が、あまりにも自分の思想というか、会のコンセプトと相性がいいという話だろう。美学校は歴史もあり、高いレベルを目指すための知識習得を目的とするだけでなく、人生の肥やしとして芸術をすることを推奨する雰囲気がある。美学校の元々の雰囲気を手役として、そこに自分のこのC4Pおしゃべりがドラとして乗ることで、謎の点数を叩き出しているのだ。
あとはやはり、こうした活動がうまくいっていると、他人を一旦信頼してみるのも良いなという気分になっている。世の中の平均はアホだからそこに合わせろ、とかテキストなんて最初の1行しか読まれないからそこに過激なことを書いとけ、みたいなノウハウはクソくらえとしか言いようがない。10万字書く、という目標のみで書きまくっているこのテキストももはや習慣となり、こんな抽象的な内容なのに結構な数の読者がいて、日々感想をくれる。客観的にみると、別に仲良くもなんともないような人との間に、謎の信頼関係が築かれている、みたいな状況が、自分は好きなのかもしれない。

